第33回目・渡邊雄太がメンフィスグリズリーズでNBAデビュー

第33回目。

2018年10月27日、渡邊雄太メンフィス・グリズリーズの一員としてNBAデビューを果たした。

田臥勇太が2004年11月にフェニックス・サンズの一員として4試合に出場し、計17分、7得点3アシストして以来、14年振りのNBA史上2人目の日本人選手としての出場だ。

尽誠学園高校時代に延岡学園のバンバと決勝で争い、バンバがセンスがあって強烈だったので、判官贔屓もあってか渡邊雄太を自然と応援していたが、あと一歩及ばず負けた試合や、その後に入学したプレップスクールのセント・トーマス・モア・スクールで、なんとかレギュラーを掴んだという情報を読んで驚いたのを思い出す。数少ない渡邊雄太を追いかけているツイッターなどの短い動画で、ダンクを叩き込んでいるシーンを見て、アメリカのそこそこ高いレベルで、なんとか通用するかもしれないと思った事も思い出すが、かなり昔の記憶みたいになっている。なんせ、ほとんど渡邊雄太に関する情報や映像が出回っていなかったので、映像そのものがレアだった。

そしてD1のジョージワシントン大学からオファーが来るかもしれないという噂があり、日本人が本当にNCAAのD1に入れるのかと、半信半疑だったが、なんとか入ってほしいと、日本で勝手に軽く心の中で祈願していたのもなんとなく覚えている。

それまでも日本の若いバスケットボール選手が、アメリカに渡る手段として、今も続くスラムダンク奨学金制度があった。ただ、これでアメリカに渡った選手が、D1の大学に行けず、日本のトップの大学でレギュラーとして出場しているほうが、バスケット選手としては伸びていたかもしれないと思える現状があった。生活面や言葉の壁など、アメリカに行って無駄な事は何一つ無いと思うが、ことバスケット選手としてだけで捉えた場合は、厳しい結果に振れるほうが多いと言わざるを得ない状態だった。アメリカのレベルは、果たしなく高いんだろうなあと感じずにはいられない状態だ。

この時、なんとなく感じていたのは、アメリカに行けばバスケットが確実に上手くなるという事は当然無く、アメリカのある程度以上のレベルでレギュラーとして出場出来なければ、なかなかしんどい結果になると感じていた。

そんな中、渡邊雄太ジョージワシントン大学で毎年、着実にスタッツを上昇させ、2年生ぐらいから相手のエースをディフェンスで抑える事が度々あり、D1の中堅レベルであれば通用すると嬉しく思った。これも、だいぶ前のように感じてきているが。

渡邊雄太が最近、民放のテレビで度々紹介され、私の周りからも色々と渡邊雄太の事を聞いてくる人が出てきた。その中のインタビューで言っていたが、大学時代に壁に当たっているそうで、はたから見ると順調に伸びているように感じるが、本人はその壁を超える為に、いろいろ悩んで最後は吹っ切れた事が良かったみたいな事を話しているのを聞いた。その壁で躓き、アメリカの高いレベルでそこそこの選手どまりであれば、NBAデビューは当然無かっただろう。アメリカで、人知れず、そんな挑戦の繰り返しで、一つ一つの課題をクリアしてきたんだろうと思う。

プレシーズンでペイサーズ相手にトップパフォーマンスを上げ、ブザービーターのスリーを決めた時は、NBAでもやれるんじゃないかと、思わさせてくれた。身一つで登りつめてる感が凄い。そして、何の因果か田臥雄太がNBA選手として出場したチーム、フェニックス・サンズ相手に出場を果たした。

渡邊雄太が出場した数分間を何度も観て、NBAのレベルの高さをリアルに感じる思いがした。渡邊雄太がボールを持つと、こっちが緊張して、ドライブに行く事が大変に見える。マイク・コンリーがあの身長(ドラフトコンバインによると素足で180センチ)で、いとも簡単に得点やアシスト、ドライブをしかけているが、それがどれぐらい凄い事か良く分かる。エリート選手なんだと、改めて実感する。

渡邊雄太の今までの実績を鑑みると、必ず高いレベルにアジャストしてくれると思える。ただ、環境に慣れるまで球団が契約を維持してくれるかが問題だ。大学のように失敗しようが4年間在籍出来るわけではない。現に渡邊雄太と同じような立場の選手がカットされていく。なんとか食らいついて結果を残してほしい。

Gリーグのメンフィス・ハッスルでは、直近の試合で32得点とエース級の活躍で、既に私の想像の域を遥かに出まくっているが、その活躍を続けてNBAの舞台できっかけを掴んでほしいと思う。何よりメンフィス・ハッスルのユニフォームが似合わないので、グリズリーズで出場してほしいと思う。